レーシックのギャラリー
医療技術が発展し、人々の夢が叶う時代になってきました。そのひとつにレーシックがあります。まだまだ課題はありますが、注目の分野です。
エイズ感染者、が表に出ることは、社会にとっては大きなメリットがある。
しかし当人にとっては、様な不利益を覚悟し、周囲の人の理解を得たうえでなければできないことであり、予測できないトラブルへの不安もある。
「自分も何かやってみたい」と思う感染者がいても、誰もが気軽にできることではない。
人生のうえでの、大きな選択である。
A.Nさんは私が訪ねる前に、すでに名乗り出る決心を固めていたようだった。
テレビに出るなら「おはようジャーナル」がいいと言ってくれていた。
「おはようジャーナル」で放送したエイズ関連の番組は、エイズパニックやエイズ予防法問題だけでなく、エイズ上陸と血液行政の責任を問うものや、エイズ教育の実践報告などいくつもあった。
それらすべてを見ていて、「地味だが、報道姿勢はまっとうである」と評価してくれたからである。
A.Nさんはコーヒーにうるさい。
厳選したコーヒー豆を煎って、丁寧に入れてくれる。
ゆつくりいこうヒーを飲みながら、よどみなく話は続いた。
「人は『何か』にぶつかるでしょ。
弱い者を切り捨てて平気でいるという、日本の民主主義が問われているんですよ。
エイズ予防法で日本の民主主義はこんなものだったのか、と愕然としたものね。
『一人の人権より百人の命が大事』だとか『感染者が一人みつかれば、その背後にゴキブリのようにたくさんの感染者が隠れている』、『感染者を隔離せよ』なんて、医師であり地位のある人たちが発言する。
マスコミもそれをきちんと批判しない。
僕たちがどこかへ消えてこの問題が解決するんだったら簡単ですよ。
ハンセン病のようにどこかの島へ隔離すればいい。
僕なぞ塑戸内海の島育ちだから、島を買ってくれるなら楽しく暮らしてやるよ。
魚つりだって得意だし。
でもね、日本は明治以来の『らい予防法』で大きな失敗をしているでしょ。
いったん病気を差別して、強制隔離したら、何十年たっても差別意識が残る。
ハンセン病棟の島にはこの間まで橋がかがらなかった。
僕たちがエイズへの差別観を放っておいて死んだら、それは五十年も百年もひきずるんじゃないか」正直なところ、私はノートにメモをいるだけで精一杯だった。
四時間でも五時間でも、話は止まらなかった。
私は今度の番組に、HIV感染者がどういう形で参加できるのかを話し合うために今治へやって来だのだが、話の中心はすでに、「どうやったら趣味のいいスマートな闘い方ができるかにうつっていた。
A.Nさんはあきれるくらいに率直な人たった。
彼の主張はこうである。
悪いことをしたわけではなく、ただの病人なのだから顔は隠さない。
看護婦をしている妻は幸ト感染していないのに、夫が血友病だというだけで病院にいづらくなり、この町を出て都会の病院で働いている。
あなたがたは気兼ねすることなく撮影ができる。
妹たちはよく理解しているから大丈夫。
親しい友人にも知らせてある。
彼らはこれからも支えてくれるだろう。
県の血友病患者の何人かには、それとなく話してきた。
他のメンバーもきっとわかってくれるはずだ。
書道を教えるのは、もうやめているから問題はない。
近所でおこる不愉快なことは、心配してもはじまらない。
問題は、今通っている病院の主治医。
「テレビなんてとんでもない」と言うに違いないが、これはもう少し者詰まったところで作戦を立てよう……。
「堂々と生きている姿を見てもらいたかったし、要するにキザなんですよ。
昔はよく、キザが服着て歩いてるって言われたもんです。
深刻ぶった。
“難病物語”は性に合わない。
短気でおっちょこちょトでワッコラ、ワッコラ、ドンチャン騒ぎが好き。
生活能力、がないのに贅沢な趣味が捨てられない。
女と子どもが大好き。
これじゃあ深刻ぶれないよね」あと必要だと思われる“根回し”は、親族の人たちだった。
一番気がかりな奥さんの意見を聞かなければ、と話し合った。
私はA.Nさんの生活と意見を軸に、他の血友病患者の現状や、混乱しているエイズ診療の現場、エイズ予防法の問題などを取材して、全体を構成することにした。
A.Nさんの決意に応えるには、そのメッセージが多くの人に伝わるような骨太で、しかも“センスのいい”番組を作らなければならない。
そして、一回こつきりでなく、A.Nさんをフォローして報道を続け、何事かあれば即座に対応しなければならない。
初めて感染者が名乗り出る、というのは“スクープ”に違いない。
しかし、それはきわめて責任の重い、しんどいスクープで、報道する側にも覚悟と決意が必要だった。
無邪気に喜ぶゆとりは、まるでなかった。
最初の訪問から数日たって、A.Nさんから“根回し”の報告、があった。
「『もうコソコソ生きるのが嫌だ』と言ったら、笑ってたよ」あまり“根回し”は進展していないようだ。
しかしA.Nさんの電話の声は明るい。
「俺の決心をどう言うだろうって考えたよ。
親父は頭がよくて正義感の強さはピカイチだった。
これは子どもに遺伝している。
おふくろは呑気だったのかバカだったのか、器の大きな人たった。
二人とも貧乏なくせに誇り高くてね、嘘がつけない性分だった。
あの二人が生きていたら、がんばれや、と言ってくれたはずです」A.Nさんは亡くなった人まで動員して自らを励まし、私を励ましてくれる。
ロケの準備をしながら、「ああ、私もがんばらなければ」とさらに切迫した気持ちになった。
一九八七、八年頃、日本のエイズ患者・感染者の大半を占めていた血友病患者は、医療面でも生活面でも、多くの難問をかかえながら闘病していた。
医療面では、エイズの告知をどう受けるか、という問題に加えて、診療拒否と高額の医療費負担に悩んでいた。
生活面では学校、職場、地域などで、「血友病=エイズ」として恐れられ、様な差別や迫害を受けるようになっていた。
解雇や入学拒否、いじめによって、現実的な苦境に立たされた血友病患者は少なくない。
そのため多くの患者は病気を隠してひっそりと暮らし、強い孤独感、疎外感のなかにいた。
しかし同時に、感染者同士で悩みをわかちあい、情報交換をして支えあおうという活動も始まっていた。
長年の伝統を持つ血友病患者団体を母体にした感染者の支援グループや、血友病の子どもを持つ親たちの集まりなどが、各地に、次と誕生した。
そのひとつ、関西の血友病患者を中心とした「輸入血液製剤被害者救援グループ」(代表・I.Yさん)では、一九八八年秋、全国の血友病患者一〇〇〇人にアンケート調査を行った。
ひとまず集計された二〇〇人分の中間報告を見ると、当時の血友病患者のおかれていた状況がよくわかる。
二〇〇人のうち、HIV感染者は六九人、陰性者は四〇人、感染の告知を受けていない者は九一人となっている。
半数近くの人が告知を受けていない。
告知を受けていない人のうち、高校生以下は三二人、大学生、専門学校生や社会人が五九人となっている。
感染の告知は長い間、論争の争点になっていた問題だった。
また医療機関から診療を拒否されたことがある人は、二〇〇人中四九人にのぼる。
拒否された理由は、「血友病患者と名乗ったから」、が全体の六割を占め、「感染者と言ったから」は一割だった。
病院内でのエイズの感染予防対策は、B型肝炎と同様の措置で十分とされている。
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